治療方法一覧紹介

目次:治療方法一覧紹介 

  1. カイロプラクティック
    1-1 カイロプラクティック 歴史
    1-2 カイロプラクティック 治療理論
  2. トムソンテクニック
    2-1 トムソンテクニック 歴史
    2-2 トムソンテクニック 治療理論
  3. オステオパシーテクニック
    3-1 オステオパシーの歴史
    3-2 オステオパシーの理論 
    3・1 オステオパシーの主要な主義
     3・1-1 直接法
     3・1-2 関節法
     3・1-3 ストレイン&カウンターストレイン
     3・1-4 筋・筋膜リリース
     3・1-5 筋エネルギー法
     3・1-6 頭蓋オステオパシー
     3・1-7 靭帯性関節ストレイン法
     3・1-8 内臓マニュピュレーション
     3・1-9 誇張法
     3・1-10 クラシカルオステオパシー
     3・1-11 FDM(ファッシャルディストーションモデル)
  4. アクチベーターテクニック
    4-1 アクチベーター 歴史
    4-2 アクチベーター 理論
  5. アプライドキネシオロジー
    5-1 アプライドキネシオロジー 歴史
     5-1-1 タッチフォーヘルスの誕生
     5-1-2 教育キネシオロジーブレインジム
     5-1-3 ウェルネスキネシオロジー
     5-1-4 スリーインワン・コンセプツ
    5-2 アプライドキネシオロジー 理論
  6. 操体法
    6-1 操体法 歴史
    6-2 操体法 理論
  7. 鍼灸 東洋医学
    7-1 黄帝内径
    7-2 神農本草経
    7-3 傷寒雑病論
  8. 過労性構造体医学(Gバランス医療)
    8-1 過労性構造体医学 歴史
    8-2 過労性構造体医学 理論
  9. 気功

カイロプラクティック

↑D.D.パーマー

カイロプラクティック 歴史

磁気治療家であったD.D.パーマーが、難聴で悩んでいた患者(ハーベイ・リラード)の話を聞いたところ、背中の痛みを感じたときから聞こえにくくなったということであった。

 背骨に沿って触ってみると、一つの骨が隆起したようになっていた。 それを元に戻すように押してみると、骨は元に戻り、それ以来難聴が回復したという。

 これがキッカケとなり研究が始まり、カイロプラクティックが1895年に創始されました。

 当初おもに磁気治療師をしていたDDパーマーは,やがてカイロプラクティックとなる治療法開発にあたり,こうした理論を神経系に応用した。彼の言葉を借りれば,「カイロプラクティックは医学や他の治療法から生まれたのではなく,磁気療法が進化したもの」だ。

 BJ(D.D.パーマーの息子)がカイロプラクターは患者の病気を治療するのではなく,患者のサプラクセーションを治療するのだという考えを示している。

 パーマーが創案した「カイロプラクティック」の語源は、ギリシャ語の意味で、「cheiros」(手)+「praktikos」(おこなう)彼の患者サミュエル・ウィード牧師による造語である。

1960年(昭和35年)「医業類似行為において人体に危害を及ぼす恐れがない場合は禁止処罰の対象とはならない」とする最高裁判決により、カイロプラクティックの開業が自由に。それ以降は教育の有無にかかわらず誰もがカイロプラクティックを開業できる無秩序な状況が続いている。

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カイロプラクティック 治療の理論

 カイロプラクティックとは、神経筋骨格系の障害と、それが及ぼす健康全般への影響を診断・治療・予防する専門職である。 サブラクセーションを対象にした関節のアジャストメント、および/またはマニピュレーションを含む徒手テクニックを特徴とする。

 特に脊椎を中心とした筋骨格系の構造と、神経系の働きによる機能の関係は、カイロプラクティックが最も重視する点で、それに基づき健康回復と維持へのアプローチを行う。

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参考文献
カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン
一般社団法人 日本カイロプラクターズ協会

トムソンテクニック

ジョセフ・クレイ・トムソン

トムソンテクニック 歴史

 トムソンテーブルはカイロプラクティックを学んだJ.Cトムソンが開発したアジャストメント専用テーブル。 トムソンテクニックを創案したJ.CトムソンはD.Dパーマーが設立したパーマースクールの学生だった。 J.Cトムソンが在学した頃のカイロプラクティック理論においては施術対象となる部位が頚椎のみと考えられていた。

 B.Jパーマー(D.D.パーマーの息子)が唱えた「メジャーとマイナー論」が主流であったため。 J.Cトムソンが最初に考案したアジャストメント専用テーブルも頚椎専用ものだった。

※B.J.パーマーは、「メジャーと成りえる原因と、マイナーと成りえる原因があるのではないか」という研究を進め、一つのサブラクセイションと、複数の代償作用によるミスアライメント。メジャーとマイナー論を1918年に発表します。

 トムソン・ターミナル・ポイント・テクニックで使われているレッグチェック法の開発者Romer Derifield の話であり、伝えられているところによると,Derifieldがオフィスで腹臥位の患者を治療しているとき,電話が鳴った。彼が電話に出ようとそちらへ行くと,患者が頭を持ち上げて鳴っている電話を見た。患者が頭を回すとき患者の足の長さが変化するようにみえることに気づいた。

 やがてその観察が,多くのテクニック・システム(アクティベータ・メソッド,トムソン,ピアースーステイルワゴン)などに欠かせない,デイアフィールド・レツグチェック法の誕生に結びついた。

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トムソンテクニック 治療理論

トムソンテーブル

 ニュートンの慣性の法則を利用し、患者の体重とドロップメカニズムによって最小限の力で、最も安全に脊椎や骨盤、四肢、顎関節などを矯正するテクニック。 

 世界で愛用されるトムソンテーブル。 

そのメリットは
①複雑なカイロプラクティックの手順を「ディアフィールド下肢長短検査法」でパターン化していること。 
②わずかな衝撃(慣性の法則)を利用することにより身体各部を矯正する刺激を与えるので、患者の肉体的負担が少ないことであると言える。

参考文献
アトラアカデミー
カイロプラクティックの歴史

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オステオパシーテクニック

A.T.スティル

オステオパシーテクニックの歴史

アンドリュー・テイラー・スティル博士によって1874年にアメリカミズーリ州で発表された徒手療法。 

幼少期に頭痛がした際に、ブランコ(当時のブランコは紐だけの簡単なもの)に頭を乗せていたらしばらく寝ていたら、その後頭痛がなくなっていたという経験もオステオパシーが作られたヒントになったと言われてる。

スティル博士は南北戦争に従事した内、外科医だったが、2人の娘、1人の養子を流行性脳脊髄膜炎で亡くす体験から、この時代に使用していた、水銀、砒素の薬剤治療の効果に疑問を持っていた。

その10年間の研究の上「人間の身体には自然な回復が備わっているが、血液循環や神経支配機能が妨げられると、それがうまく働かなくなって不調となる。 そのような循環を妨げる主な原因は、体の各部をつなぐ関節の動きの低下といった構造上の問題にある。」 とまとめた。

オステオパシーはギリシア語のOsteon(骨)とPathos(病理、治療)の2つを語源としている。

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オステオパシーテクニックの理論

アンドリュー・テイラー・スティル

骨や筋肉のみを調整する手技とは異なり、骨格などの運動器系、動脈・静脈やリンパなどの循環器系、脳脊髄液の循環を含む脳神経系など、解剖学的あるいは生理学的な広範囲の医学知識の元に、手を使って治療を加える 元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。

オステオパシーでは、次のような基本的理論のもとに治療を行っている。

・身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している。
・身体の機能と構造は相互に関係する。
・身体は自己治癒力を備えている。
・自己治癒力を上回る何らかの外力または内的変化が生じた時に病気が発生する。

そのような機能障害(オステオパシーでは体性機能障害(Somatic dysfunction)を、筋、関節、靭帯、神経、血液(動脈・静脈)、リンパ液、脳脊髄液、内臓などを総合的に観察した上で、矯正することにより、体に備わっている本来の自然治癒力を引き出し健康に導く。

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オステオパシー 主要な手法

参考資料 

直接法

制限に対して直接外力を加えることにより、可動性を正常に回復する方法である。そのように制限に対して直接アプローチすることから直接法と呼ばれる。

てこの原理を応用して行う方法(力点と作用点間の長さにより短てこ法と長てこ法に分類)、瞬間に圧力を入れて行う高速低振幅法(スラスト法)

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間接法

制限のない方法、すなわちオステオパシーで言う機能障害の方向に動かしていく。この手法では、機能障害を誇張させることによって脳神経にその状態を把握させ正常な状態に戻す信号を出すようにさせる。

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ストレイン&カウンターストレイン

緊張した筋と拮抗的な位置にある筋との間にアンバランスが生じると、痛みが生じる。ストレイン&カウンターストレインは、緊張した筋肉を見つけるために圧痛点Tender Point(発痛点Trigger Pointではない)を探し、その点をモニターしながら緊張部位を最大限にゆるめた位置で90秒程度維持し、緊張した筋肉と拮抗的な筋肉のバランスを取ることにより、痛みから解放させるもの。

ローレンス・ジョーンズD.O

 アメリカのローレンス・ジョーンズD.Oが開発した手法で大変普及している手法。

オステオパシーの治療家であるジョーンズ先生は、ひとりの腰痛の患者を治療していた。 30歳の男性で、4ヶ月も痛みが取れない。

 はじめは他の2人のカイロプラクターの治療を受けていたが、1ヶ月ほど前からジョーンズ先生のところに。

 ジョーンズ先生もいろいろ手を尽くして治療をしているのだが、一向によくならない。その日、患者がこんなことを伝えた。
  「夜よく眠れるようになれば、先生の治療が効くと思います。毎晩、痛くて 15分おきに目がさめてしまいます。そのたびに、らくな姿勢をさがすのです」

 そこで、ふたりは一緒に「痛みがいちばん楽になる姿勢」をさがすことに。 からだをいろいろな方向に動かしながら、腰の痛みが強くなるか弱くなるかを調べ、20分ほどでやっと楽な姿勢が見つかった。

そのときの患者の姿勢は、いかにも不格好で、見るからに窮屈そう。 けれども、本人はその姿勢がいちばん楽で、気持ちがいいと話す。

こんな感じの姿勢

●せっかく楽な姿勢が見つかったのだから、すぐ痛い姿勢に戻すのはしのびない。 ジョーンズ先生は、患者のからだを椅子やクッションでささえ、しばらくそのまま快感をを味わっているように言い、別室の患者の治療に向う。

●20分ほどして戻ってくると、患者はまだ気持ちがいいと言う。 それから、患者のからだを支えていた椅子やクッションを取りはずし、ゆっくりとベッドから下りてもらった。 すると、患者は・・・

  「先生、腰の痛みがなくなりました。ぜんぜん痛くありません!」

●患者は4ヶ月ぶりに、まっすぐに立つことができた。しかも、まったく痛みがなくなったと言う。 患者は大喜び。ジョーンズ先生も嬉しかったが、それより、狐につままれたような思い。

  「あんなしつこい痛みがたった1回の楽な姿勢で消えてしまうなんて、一体どうなっているんだ。何が起きたのだろう?」

●その患者の腰痛はずっと再発しなかった。それから、ジョーンズ先生は他の患者にもこの方法を応用していった。治療成績がぐんぐん上がる。 以後、先生はこの治療法を「ストレイン・カウンターストレイン」と名づけ、その発展と普及に生涯をささげることになった。

●「カウンターストレインの発見、それはまったくの偶然のできごとだった」とジョーンズ先生は話す。けれども、その1回のできごとを見逃さなかった注意力・洞察力は非凡であったと言わねばならない。

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筋・筋膜リリース

筋膜の緊張に対して、引き延ばすように直接法を行ったり、あるいは収縮させるように間接法的に行ったりしてバランスを整える手法であり、本来はマッサージの技法のひとつ。

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筋エネルギー法

患者の力を利用しその力に抵抗しながら筋肉を収縮させ、筋や関節の動きを改善する方法。患者の体力にあわせて行えるため危険性の少ない手法である。

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頭蓋オステオパシー(クラニオセイクラルセラピー、クラニアル)

Dr. ウィリアム・ガナー・サザーランドD.O.

ウィリアム・G・サザーランドが開発した治療法。

 硬膜に緊張があったり頭蓋骨に動きの制限があると脳脊髄液の流れに不調が現れ、その結果全身の神経機能に影響を及ぼし、身体機能が不調に陥る。 また硬膜は大孔、第2頚椎、第2仙椎と連続性が見られ、頭蓋の動きの不調すなわち硬膜の緊張は、脊柱全体に影響を及ぼす。

 頭蓋オステオパシーでは、頭蓋・硬膜の変調を触診で見いだし調整することにより全身状態を改善させる。技術のない人が行うと効果がないばかりか、めまいや吐き気、頭痛、倦怠感、集中力欠如、うつ、様々な痛みなどをおこす可能性もある。 この頭蓋オステオパシーを簡略化し家庭でも行えるようにしたのが、アプレジャー博士の頭蓋仙骨療法である。また、サザーランドの手技はSOTなどカイロプラクティック等にも影響を与えた。

その後、スティルの直弟子であった、Dr. ウィリアム・ガナー・サザーランドD.O.が登場。

サザーランドは頭蓋骨の縫合に着目し、特に側頭骨に興味を持ちました。彼は、人の耳の所にある 側頭骨の形が、魚のえら(水中で魚が呼吸をする部位)に似ているような気がした。

側頭骨

側頭骨が魚のえらのように動いて呼吸をしている?頭蓋骨が呼吸をしている?

そういった考えが何度も彼の脳裏に浮かびあがりDr.Stillからは「それを掘り下げろ」と激励され、30年にもわたり、研究を重ねた。

そして、その成果を親しくしていた治療家たちに教え始め、研究成果を発表した。頭蓋オステオパシーの誕生。

頭蓋骨の中に脳があり、脊柱の中を中枢神経系が通っているが、その脳と中枢神経、そして神経を包む三層の膜(軟膜・くも膜・硬膜)、脳脊髄液などはセットになって機能している。 そこを重要視し、頭蓋骨や脊柱、仙骨、骨盤等に手で触れ、調整していく。 頭蓋骨を調整することにより、今までは難しかった神経系の問題、障害児治療、その他様々な痛み、症状などに効果がある事が次々と証明されていった。

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靱帯性関節ストレイン法

 頭蓋オステオパシーを開発したサザーランド博士、創始者のスティル博士に緒を発するといわれている。呼吸を応用する手法や間接法を主に直接法も含まれている。

 関節が障害されると靱帯がストレインを受け、均衡していた靱帯の緊張が崩れる。通常、より弛緩している方がストレインを受けた靱帯であり、より引き締まった方が正常な靱帯である。治療の目的は、双方の靱帯のバランスをとり、弛緩した靱帯を引き締め、骨が元の正常な位置に戻るまで、その等しい緊張を維持することである。

 矯正テクニックの原理は、スティルの教えに基づく、(1)自由化、(2)誇張、(3)バランス――を3つの要素にしており、間接法を主体にして、直接法とのコンビネーションで組み立てていく。当然、筋・腱・筋膜へのアプローチも多く、のちにこれが筋・筋膜リリースとして分離していく。

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内臓マニピュレーション

ジャン ピエール バラルD.O

 フランスのジャン・ピエール・バラルD.O.、MRO (F)が始めた手法。内臓には呼吸に伴う動きと自発的な動きがあるが、それらを調整することにより内臓を円滑な機能にさせる。

 バラルD.O.は、各々の内臓が生理的軸を中心に回転するという革新的な理論に基づく内臓マニピュレーション(Visceral Manipulation)を開発。ジャン・ピエール・バラルD.O.は仲間とともに、進行中の臨床研究に基づいた神経マニピュレーション(Neural Manipulation)と総合関節トリートメント(Global Joint Treatment)を開発。

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誇張法

斉藤巳乗

オステオパシー誇張法は、ゆがんでいる関節の骨を動きやすい方向に、ほんの少しの力で動かし、時間をおくことによって、自然と正常な動きに戻ろうとする原理を利用した施術方法。

髪の毛1本分ぐらいを動かすような、5g以下(100円玉1個位)の極めて弱い力(圧)で、関節や骨に負担をかけずに調整する。

最もソフトな頭蓋調整を「全身に応用できないか」との発想で、指圧等の療術家で日本トップのオステオパスだった故・齋藤巳乗先生により考案されたのがオステオパシー誇張法。

斉藤巳乗MRO(J)が創始した手法できわめて弱い力で機能障害を誇張し改善させる。時には、特に四肢においては直接法的にも行う。

オステオパシー誇張法で関節を調整するには多少時間を要しすが、ボキッと直接的な矯正をするよりも、滑らかに関節が動くようになり、身体を痛める心配もない。

悪さをしている関節に対し極めて弱い力で機能障害の方向に動かしていく。
機能障害を誇張させることによって、脳神経にその状態を把握させ正常な状態に戻す信号を出すようにさせる。その結果自然治癒力が働き正常になる。
(靭帯の性質:伸びている靭帯をより伸ばし、縮んでいる靭帯をより縮め、時間をおくことで正常に戻る)

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クラシカルオステオパシー

私のクラシカルオステオパシー終了証

アメリカにおいては、オステオパシーの歴史の中でさまざまな手法が開発されていったのに対し、イギリスでは、スティルに学んだリトルジョンが持ち帰った古典的な手法を今に伝えている。また、原則に従いながら様々な研究も行われより効果的なものが伝えられている。

 スティルは徹底して解剖学を重視し、リトルジョンは生理学的な考えのもとでの治療も必要であることを主張した。両者とも解剖学と生理学は相互に関係性を持っていることは十分に理解していた事は、間違いのない事実である。それはスティルの四大原則からもうかがえる。

 このイギリスで行われるオステオパシーの手法を、古典的手法を現代に伝えたものとして、一般的にクラシカルオステオパシーと呼ぶ。スティルによって提唱された四大原則

1.身体には自己治癒力と自己調節の機能が備わっている
2.構造(解剖学)と機能(生理学)は相互に関係がある
3.身体は肉体、精神(魂)が全体として働くひとつのユニットである
4,これらに基づいて合理的な治療を行う

を忠実に遵守し、オステオパシー本来の源流を汲むものである。

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FDM(ファッシャルディストーションモデル)

スティーブン・ティパルドス,D.O.

1991年に創始者、スティーブン・ティパルドス,D.O.により創始された手技医療。

Fascial Distortion Model (ファッシャルディストーションモデル)これは筋膜(Fascia)の歪曲(Distortion)が損傷によりどのように変形しているのか(Model)?を理解し、治療(Treatment)する。

痛みの原因である組織の異常、すなわち組織の変成を理解し、それを治す治療法を正しく行えたなら、誰にでも驚くほどの結果が得られるはず。それがFDM。

 急性損傷や慢性疾患を、人体を構成する組織に生じた変化と捉え、それを手技による矯正技術により適切に再生させる画期的な療法である。

 FDMでは、損傷は人体組織に発生する六種類の変化のうち、1つ、あるいは複数の組み合わせと認識する。

 ※ここで言う“組織”とは、腱、靭帯、筋支帯、筋膜バンド、癒着、そして周囲を取り囲む他の組織、骨、神経、器官などを構成する、人体の主要な結合組織を意味している。

参考資料
オステオパシー『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本オステオパシーメディスン協会
カウンターストレイン
オステオパシー誇張法

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アクチベーターメソッド

ドクター・ファー

アクチベーター 歴史

Arlan W.Fuhr,D.C.(ドクター・ファー)はアクティベータの創始者。

故Warren Clemens Lee D.C.(ウォーレン・クレメンス・リー)とArlan William FuhrD.C.(アラン・ウィリアム・ファー)によって創始、理論化されたテクニックである。

Dr. LeeとFuhrは、アクティベータメソッドを開発する前、Logan BasicとTofnessのテクニックで施術をしていた。

ターグル・リコイル

 Dr. LeeとFuhrは、仕事が忙しくなるに従い、繰り返し行なうターグル・リコイルによる矯正が、極度の疲労と筋肉痛を起し、両肘を急速に近づける動作が肘障害を頻繁に発生させることに気づき、身体負担を軽減し、しかもスピード、力、方向をコントロールできるようなスラスト方法はないかと探し始めた。

Dr. Fuhrの患者の歯科医が、親知らずを割裂する手術用のインパクト・マレットを持参し、二人はスカルペルを取り外してブレーキシュー・リベットと交換し、先端にドアストップ用の小さなゴムを取り付けてみた。

それを患者に試してみたところ好結果を示し、機能的には現在のアクティベータ器の原型となった。

Dr. LeeとFuhrは、この器具に改良を加え1976年まで使用した。

1970年 アクティベータ・メソッド・カイロプラクティック・テクニック(AMCT)セミナーが正式に開催される。

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アクチベーターメソッド 理論 

二 人のドクターは、いつ、どの場所をアジャストすべきかを示すインディケータのようなものを見つけるため、絶えず矯正前と矯正後の反応を調べ、臨床実験を繰り返していた。

アクティベータは、振動周波数を体に伝えることで、体の調子を整える療法。

すべての生命は波長振動で調整されている。 色、光、触覚、聴覚、味覚、触覚、その感覚は神経系を通じ感じるが、それはすべて周波数、振動で成り立っている。

AMではleg length analysis(脚長検査)と呼ばれる機能的な短下肢(構造的に下肢が短いわけではなく、筋肉の収縮などによって下肢が短くなっている状態)をプレッシャーテスト、ストレステスト、アイソレーションテストという独自のテストを用いながら4つのポジションでの脚長差を分析し、問題のある箇所を特定していく。

参考文献
アクティベータの歴史
アクチベーターメソッド

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アプライドキネシオロジー

ジョージ・グッドハート

アプライドキネシオロジー 歴史

 アプライドキネシオロジー(AK、応用キネシオロジー)は、筋肉の強度を触診することで病気を診断し、治療法を選択できると主張する代替医療の診断手法である。

 カイロプラクターのジョージ・グッドハートがカイロプラクティックをもとに、経絡などの中国医学の概念を取り入れて、 人体を様々な角度から研究し オステオパシー、栄養学、東洋医学、筋機能テストなど様々な治療法を学び、良いものはドンドンと使っていこうという精神の元で、様々な理論を統合。

そうして1964年にアプライド・キネシオロジー(AK)と称し、カイロプラクティックの業界に新しい療法として発表した。

AK誕生から約十年後の70年代にAKから枝分かれをした形で筋肉の健康法であるタッチフォーヘルス・キネシオロジー(TFH)が誕生。

ジョン・シー博士

 タッチフォーヘルスは、グットハート博士の右腕であったカイロプラクティック医師であるジョン・シー博士と家族療法を研究されていた奥様のキャリ―・シー博士が“一般人が家族、友人にキネシオロジーを家庭の薬箱のように使ってもらいたいという願いから設立した筋肉の健康法。

 ただこの段階では、カイロプラクティックドクターや医師でしか学ぶことのできない治療法。僕たちのような一般の人は学ぶことも、そしてそのような療法があることも知れない状態だった。

タッチフォーヘルスの誕生

 そんな中、ジョージグットハート博士からAKを学び、AK協会の理事でもあったた ジョンシー博士 は自身のクリニックで、1日80人というクライアント相手に、カイロプラクティックとAKを実践していた。

その中で、キネシオロジーの凄さを感じ、

『こんな素晴らしい技法を、自分たちだけしか学ぶことは出来ないのは勿体無い!もっと多くの人に広めるべきだ!』

という使命を感じたそう。 そして、創始者であるジョージグットハート博士に対して、医師免許を持っている一部の人だけが学べるのではなくもっと広く普及していこうと懇願した。

しかし、ジョージグットハート博士は承諾しなかったが、ジョンシー博士は諦めずに、何度も何度もジョージグットハート博士にお願いした。 そのジョンシー博士の熱意に対して遂に

『じゃあ君が自由にキネシオロジーを作ればいいじゃないか』

という承諾を得た。 ここでキネシオロジーの歴史が大きく動いた。

ジョンシー博士は、医師しか学べなかったキネシオロジーを民間療法に造り変えた。それがタッチフォーヘルス・キネシオロジーの誕生だ。

またジョンシー博士の奥さんがカウンセラーでもあったため、キネシオロジーに心の健康の要素がより含まれるようになり心理療法の技術も取り入れられるようになった。

 はじめはクリニックに訪れるクライアントの患者教育として、タッチフォーヘルスを活用していく予定だったが、ジョンシー博士がタッチフォーヘルスを一般化にしたことによって、本人も予想だにしない様々な恩恵が、、、

 アメリカで50万部売れた!

教育キネシオロジーブレインジム

ポールデニソン博士

 例えば、教育学者であり、読書の専門家でもあったポールデニソン博士は、タッチフォーヘルスと出会い心と身体、ストレスと筋肉、体と脳と経絡などのシステムを学ぶことで、自身の読書や学習障害の知識を組み合わせて学習障害や発達障害が困っている人のために、教育キネシオロジーブレインジムをつくりあげた。

 ブレインジムとは? 人が生まれながらにしてもつ潜在能力と再びつながることを助ける、安全で簡単なエクササイズ。 その動きは新しい神経経路を活発に構築し、認識や学業への準備が整った状態へと導くのに有効である。 またどんな分野における学びに対しても学習効果と能力の向上を図る。

ウェルネスキネシオロジー

ウェイントッピング博士

 地質学者でもあったウェイントッピング博士は、タッチフォーヘルスをベースに栄養学やアレルギーの知識、トラウマ解消法などを合わせてウェルネスキネシオロジーを作成した。

ウェルネス・キネシオロジーとは 「解決しようにもなかなかできない根深い問題(=ストレス)」を解放するのにとても有効。

スリーインワン・コンセプツ

ダニエル・ホワイトサイド

 骨相学(人相学)の専門家が、タッチフォーヘルスと人相学(パーソノロジー)を合わせてスリーインワン・コンセプツというキネシオロジーを作り上げた。スリーインワン・コンセプツ®のプログラムは、1980年代に米国スリーインワン・コンセプツ社の創始者である、ゴードン・ストークスと、ダニエル・ホワイトサイドによって、開発された。

ゴードン・ストークス

当初は子供たちの学習障害を改善する方法としてスタートしたが、その後の研究によって、大人のストレス解消(軽減)や、能力アップにも高い効果が立証された。

  このようにキネシオロジーとは関わりがなかった、全く異業種の専門家たちがタッチフォーヘルスと出会ったことにより独自で様々なキネシオロジーや療法をつくりあげた。

 ジョンシー博士は、そのような人たちに対しても寛容で、良いものは広げていこうという精神から、タッチフォーヘルスの理論やテクニックを自由に使ってもいいことを許可。

 世界中からタッチフォーヘルスを教えたいと願う人がで増えた為に、国際キネシオロジー大学(IKC)という組織が誕生し公式マニュアルや、インストラクター養成講座の開催などが世界規模で行われるようになった。このようにして世界に広がっていき、今では世界120ヵ国以上に広がり、200種類以上に及ぶキネシオロジーが開発された。

もっと詳しくこちらの記事にあります! →  アプライドキネシオロジーの歴史・AKの歴史

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アプライドキネシオロジー 理論

 グッドハートは、カイロプラクティックの治療を筋肉の改善に活用できると考え、体の精妙なバランスが崩れると筋肉に力が入らなくなり、筋肉は体に良いものには強く悪いものには弱く反応すると主張した。この技法は、筋肉テスト(muscle testing)と呼ばれるが、日本国内では伊東聖鎬の命名による筋肉反射テストのほうがよく用いられる。

診断は、全身ではなく一部の筋肉を見ることが多い。患者が子供やペットの場合は、患者に触れた親や飼い主、施術者の筋肉で判断できるとされる(代理テストと呼ぶ)。

​ーキネシオロジーの流れー

1) 筋反射を使って身体のスイッチボタンの位置を探し
​2) 東洋医学(五行や経絡の流れつぼ)をもとに身体に最も必要で適切なヒーリングを選択し
3) 人間の身体が持つ自然治癒能力を最大限に引き出して癒しを促す。

主に注目するバランスは下記の通り。

構造的(骨や筋肉のずれ)
化学的 (ホルモンやバランスや食べ物)
感情的 (ストレスや思い込み)
エネルギー的 (神経伝達や電磁場の影響)

参考資料
アプライドキネシオロジー 『ウィキペディア(Wikipedia)』
タッチフォーヘルスとキネシオロジー

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操体法

 操体法 歴史

仙台の橋本敬三医師(1897~1993)。橋本敬三氏は、新潟で西洋医学の道をきわめ、開業医として患者に接した若い時代に民間に伝わる正体術を始めとする東洋医学的な治療をみずから体験。 こうした体験を通して東洋医学的な治療の意味について研究と実証を積み重ね、努力の末に独創的な健康法としての「操体」を確立し、全国に知られるようになった。

  「操体法」は「現代農業」に橋本敬三が執筆している時(1975年~1977年)、編集者が「操体よりも操体法のほうが語呂がよいのでは」ということで、「操体法」という名称が生まれた。

なお「操体」は、橋本敬三の哲学、息食動想の「同時相関相補連動性」などを含めたものを指し、「操体法」は橋本敬三が行っていた臨床の部分を指す。

操体法(そうたいほう)は、橋本敬三が函館に在住していた期間(1926年~1941年)に、正體術を高橋迪雄の高弟・奥村隆則に学び、これが操体法の土台となった。  高橋迪雄(みちお)の正體術(せいたいじゅつ)など民間の健康法・療術をみずから実践し、肉体の変化が進む過程で何が起きているかをつかんだ結果生まれたものである。

 正體術では歪みを正したい方向へ動かし、そこでトンと力を抜くという手法を採るから、操体法と正體術は、互いに逆方向の動きであるといえる。

正体術

 初期の理論(著書に詳しい)では、客観的に骨格構造を観察して、運動系の歪みを修正(治療)することを主題としているのが特徴。その後、客観的な見方を離れ、個々人の内部感覚(快・不快)にもとづいて、生体のフィードバック機能を洗練させることが重要であることをより強調する形になった。

 現在では、より質の高い快適感覚を「からだ」に聞き分け、味わうという感覚分析をするようになってきている。

 創始者の橋本自身が完成した方法の体系としなかったため、後続者によってその方法に違いが生まれた。

 健康法として知られているが、本来は医師が実際に臨床で用いていた診断・治療体系でもある。操体法を健康法として捉えるか、診断・治療体系がある臨床として捉えるかによっても、スタンスに大きな差がある。

 その後、直弟子を中心に、橋本敬三の生前の指示や考察をもとに具体的手法は更新されているため「操体法」を名乗っていても、どの立場でいつ方法を継承したかによって、施術内容が大きく変わることがある。

 初期においては、痛みやつっぱりを感じるとき、痛い方向・つっぱる方向から、痛くない方向・つっぱりを感じない方向にゆっくり動かし、最後にすっと力を抜くと歪みが解消されるという方法を採っており、この方法を継承している者が多い。

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操体法 理論

高橋迪雄(みちお) 先生

極めて奥深い原理原則の一部分であることを橋本敬三氏は次のように明快に体系化した。

 命ある人の身体は、余程の事情がない限り生まれつき健康で生きるようにつくられている。そして、ふだんは何の気なしに日々を過ごすが、誰もが他の人には替わってもらえない四つの基本的要件を身体のうちに備えており、そのどれ一つを欠いても生きてゆけない。

 それは、「食べる」「呼吸する」「動く」そして「思いめぐらす」の四つである。

 しかも、これらは身体の中で今現在互いに相関連しあっている。

 また、身体は宙に浮いているのではなく、地上のある場所で生きて行くための物質を用い、他の人と交わり人生を体得する。

 つまり、人は「環境」とのかかわりをもって存在している。それらはそれぞれの法則を備えているから、逸脱すれば全体が歪み、崩れる。

 誰もが備えているこうした「生き方の自然法則」を「食・息・動・想の同時相関の体系」ととらえ、生存の土台である「環境」との全体的で総合的な関係として確認しておかねばならない。

参考資料
操体法(Wikipedia)
操体法の解説

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鍼灸 東洋医学

 東洋医学の考え方は7世紀頃、遣隋使や遣唐使によって日本にも伝った。その後、鎖国などを経て日本独自の東洋医学の考え方が確立されていった。

 明治期になると、政府が「西洋医学を学び、試験に合格した者のみ医師としての開業を許可する」という政策を打ち出したため、東洋医学の漢方医であっても西洋医学の免許がなければ東洋医学の治療ができなくなってしまった。これが、現在の日本で西洋医学の考え方が主流となった大きな要因と考えられる。

杉山和一

 日本鍼灸における独創的な発明として、杉山和一(1610-1694)による鍼管を用いた刺鍼法(管鍼法)がよく知られている。管鍼法により無痛で刺鍼できるため、現在では世界中で広く用いられている。また近年、皮膚に刺入しない接触鍼法が注目されており、小児だけでなく成人の慢性疾患にも用いられている。無痛刺鍼や軽刺激は日本鍼灸の大きな特徴である。

東洋医学の体系化がすすめられたのは西暦紀元の2,3世紀前後の頃である。この頃,『黄帝内経』『神農本草経』『傷寒雑病論』の三大古典が相次いで著わされた。

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黄帝内経

黄帝内経霊枢

※『黄帝内経(こうていないけい)』→ この時代は、医療は現在のように機械を用いたり細胞を見るなどのミクロの医学はなかった。その代わり、人が生きていることを「全体的(マクロ)に」捉え生命の営みを緻密に診ていたのだ。そこで得られた知見が示すのは、人と自然の関係、臓器同士の結びつき、心と身体との関連といったことであった。病気だけを問題にするのではなく、その人の習慣や感情の傾向、食事、またはその人の住んでいる土地、季節などとの関わりから、総合的に診ていた。人が健康で寿命をまっとうするためにはどのようにあるべきか東洋哲学の観点から病気を考えていた。 

(参考文献:黄帝内径とは?

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神農本草経

神農本草経

『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』 → “神農”とは4000~5000年前と言われる古代中国の神で、身近な草木の薬効を調べるために自らの体を使って草根木皮を嘗め、何度も毒にあたっては薬草の力で甦ったといわれてる。 こうした伝説にあやかって書名がつけられたようで、古代中国に伝わる薬物の知識が集録されている。『神農本草経』の特徴は、1年の日数と同じ365種類の植物・動物・鉱物が薬として集録されていること、人体に作用する薬効の強さによって、下薬(げやく125種類)・中薬(ちゅうやく120種類)・上薬(じょうやく120種類)(下品・中品・上品ともいう)という具合に薬物が3つに分類されていることである。

参考文献:薬草に親しむ-中国最古の薬物書『神農本草経』

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傷寒雑病論

傷寒雑病論

『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』 → 患者さんに漢方薬を役立てる上での治療指示が書かれている書物。傷寒は、カゼ症候群に代表される急性熱性疾患と考えられているが、病は変化する、そして病人も変化することを前提として書かれているところが特徴。 発病から死に至るまでの経過の中から、代表的なパターンを取り上げて、それに対してどういった薬方を出すべきかが記述されている。

参考文献:【漢方医学のバイブル 傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)のこと】

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葛根湯,などは現代においても大学病院をはじめ全国の医療機関で日常的に使用されているのである。

佐々木隆興

昭和15年(1940)に医師として最初の文化勲章を受賞された佐々木隆興(1878-1966)は昭和28年(1953)に日本内科学会創立50周年記念講演として「現代医学と東洋医学」の講演を行っている。

 この講演の中で「病気はすべて全身のそれであって,部分の病気は存在しない」と述べ,人間は一つのまとまったものという考え方を強調している。

参考資料
漢方医学と東洋医学はどう違うの -東洋医学の歴史-
日本東洋医学サミット会議
東洋医学の歴史と現代

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過労性構造体医学(Gバランス医療)

笠原 巖

過労性構造体医学 歴史

38年間において、初検だけで10万人以上の足と健康との関係を調査・追求。その間、裸足で歩く国7カ国を5年間かけて現代人との比較調査を行う。結果として、外反母趾の保存的療法(手術しないで治す方法)を発見・確立する。新しい医学書なる、重力とのバランスを足裏から力学的に解明した「過労性構造体医学(Gバランス医療)」を構築する。

過労性構造体医学 理論

「体の歪んだ箇所(構造学的歪みのあるところ)」に、歩く度に発生する「足裏からの過剰な衝撃波とねじれ波(介達外力)」を、「反復させる生活環境(条件)」がある。 自然界の法則に基づいて、人間もひとつの力学的構造体として捉えたもの。 つまり力学的構造体である人間には、歩く度に地面からの過剰な衝撃波とねじれ波という介達外力が発生し生活環境条件の中で反復される、というもの。分かり易く説明すると、、、

構造(縦×横×高さ)には=力学的構造体である人間には
過労時間(衝撃波×ねじれ波)と=歩く度に地面からの過剰な衝撃波とねじれ波という介達外力が発生し、
環境条件(生活環境条件)が伴う=生活環境条件の中で、その1、2が反復される

これを人体に当てはめて、力学的に説明しているのが「過労性構造体医学(Gバランス医療)」

参考資料
過労性構造体医学サイト

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気功

気功は中国の伝統的な保健、健診、病気の予防と治療、長寿のための自己心身鍛練方法である。気功には、調身、調息、調心という三要素を含んでいることが原則である。

 調身とは気功の基礎であり、練功中正しく一定の姿勢を保ち、動作を行うことで、簡単な姿勢と動作により、体の筋肉のみでなく、内臓や中枢神経系に対してもよい影響を与えることである。

 調息とは呼吸の調整を行うことで、身体と精神を入静状態(体と精神の両方とも静かな状態にはいること)にさせ、自律神経機能のバランスを調整し、内臓の強化、精神状態を安定させる。

 調心は一般的なスポーツや鍛練法などには見られない、気功独自のものである。調心とは心と意識を整えることであり、自己暗示、リラクセーション、イメージ法、言葉の誘導によって気を体の中に流していくなどの意識を用いることで、大脳、中枢神経、内分泌系あるいは免疫系に影響を与え、内臓機能や精神活動が活性化されて、健身と治療効果を得る。

 また気功のもう一つの特長は自己鍛練である。気功鍛練により、

虚者強之(弱い気が強くなること)、
郁者通之(気が通りにくいところを通させること)、
逆者和之(気が逆に流れているのを調和させること)

という効果が得られる。

 気功の「功」というのは功夫ともいい、長く努力し、実践していい成果を上げるという意味がある。「気功」を文字どおりに解釈すれば、「気を充実させる健康法」といえる。

 現代気功の普及と発展にとって大きな貢献をした人物は劉貴珍先生である。彼は戦争中身体をこわして、死線をさまようほどの病気で苦しんだが故郷の気功の先生のもとで、一生懸命気功の鍛練をすることで、病を克服し、健康をとり戻したのである。

 1960年前後気功の臨床治療は潰瘍病、胃下垂、高血圧、肺結核、ノイローゼ、喘息などの病気にめざましい成果 をあげてきた。気功は慢性膵臓炎、糖尿病、緑内障、腎下垂、心臓病、妊娠中毒症、子宮下垂、生理不順、近視などの慢性病、難病の治療にも応用された。甲状腺腫瘍や胃などの外科手術の時、麻酔薬を使わず、気功麻酔で成功したことも注目されるようになった。

参考資料
「気功」その歴史と現代医学における役割

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