投稿日:2021年7月27日 更新日:2023年12月4日

「我思う故に我あり」
自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。
「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。
―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、ゆえに我あり)、とする命題である。例えば、目に見えるこの現実は、現実に見えるが、実際には夢か現実か定かではない。1+1=2といった数式も、悪魔が我々にそう思いこませているだけで、実際にはそうでないかもしれない。
