魂の年齢

投稿日:2021年8月12日 更新日:2024年1月28日

昔の自分と未来の子供たちへ・治療院夢現塾・感謝

 魂のチャートの話 魂の年齢

 簡単に説明すると、人間には魂があり、魂にはそれぞれに年齢がある。

 魂の年齢は前世の回数にある程度比例する。

 人間としての転生が少ない魂を乳児期の魂といい、人間として何百回も生まれ変わり、輪廻転生を終了する段階の魂を老年期の魂という。

その間には、幼児期、若年期、成人期、がある。
つまり、下から順に、
乳児期。
幼児期。
若年期。
成人期。
老年期。
という魂の段階がある。

それぞれの段階を簡単に説明すると、

 乳児期の魂は、原始的な生活をし、単純で無知で迷信的。

 幼児期の魂は、規則や規律を絶対視し、自分の意思ではなく権威者の意思の元に行動する。

 青年期の魂は、富や名誉や社会的地位を求める、この世で成功したいと強く願う。

 成人期の魂は、心や精神について関心がでてくる。人間関係における自他の心の問題に深く関わる。

 老年期の魂は、神、真理の探求に生きるようになる。そのため人から変わってる人と思われる。

 人は何度も生まれ変わりを繰り返す。

 ほとんどの人は前世があり、そのまた前世がある。

 前世の回数に比例して魂レベルが高くなる傾向がある。

 つまり前世の回数が多いほど、大人の魂といえる。ではいったい自分の魂の年齢はどの程度なのか?

 前世を知り得ない以上、推測するのは困難である。

 なので魂の年齢に応じた特徴を述べる。

 これから言う内容は、魂のチャートという高級霊をチャネリングして伝えられた霊のメッセージの本から抜粋した。

魂の年代には大きくわけて5段階ある。
一番下から、
乳児期
幼児期
青年期
成人期
老年期

 乳児期の魂は人間としての転生が少なく、反対に、老年期の魂は人間としての学びをほぼ完了し輪廻転生を卒業するレベル。

 老年期は人間として肉体をもつことのできる最終段階だが、その上にはさらに超越期、無限期という年代がある。

 この2つの魂は輪廻のサイクルから卒業した魂であり、ぞくにこれらを菩薩とか天使とか高級霊とか言う。

 つまり人間を超越した神的な存在。

 我々もいづれそうなっていく運命にあるので、彼らは魂の先輩といえる。

魂の年代のおおまかな特徴。
乳児期。今ここ、を生きる。模倣する。
幼児期。文明構造をつくる。
若年気。権力問題、名声、金銭に関心がある。
成人期。感情的な学び、人間関係。自己カルマとの取り組み。
老年期。日常的な感情問題を超越。知的な表現。人に教える才能がある。
超越期。高次のレベルとの結び付き。
無限期。すべてに気づく。

自分ははたしてどの年代の魂なのか気になるとおもう。

 幼児期か?はたまた老年期か?

 幼児期だからって落ち込むな。

 老年期だからって調子にのるな。

 魂の年齢というのは、すべての人に平等で、すべての魂が経過するルートだから。

 それが早いか遅いかというだけの違いだから。

 今、乳児期の魂だって何百回後の転生の後には、老年期として成熟した魂になるだろうし、老年期の魂だって何千年後には無限期として人間から神仏として崇拝される存在になるかもしれないし。

ではまず乳児期から見ていこう。

乳幼児期の魂

 乳児期の魂の特徴として未熟、未経験、物質的な意味で生き延びることに必死です。

 この年代のキーワードは原始的、臆病、無力。

 ネアンデルタール人の特徴はこの未熟な魂の特徴にぴったり当てはまる。

 彼らは、たとえ今日の社会にいたとしても、環境が変わるだけで、やはり原始的なままでしょう。

 秘境に住む部族民のようにネアンデルタール人は神秘的な雰囲気がします。

 彼らはタオや自然界と強く共鳴しあうことができますし、いわゆる人生経験によって汚れていないからです。

 心霊力のような特別な力で自然や動物の動きを操ることもできます。

 乳児期の魂の人たちは、多くの場合、僻地に住んでいる。

 彼らは、複雑な科学技術社会を離れて、生存の問題とじっくり取り組める、世間から孤立した土地や辺境で暮らしたがる。

 高度に複雑化した社会の中では、生まれたての乳児期の人たちは圧倒されて精神を病んで死んでしまうかもしれません。

 ときには伝染病やアルコール、銃器等が伝わることによって彼らの単純な共生関係や生活様式を破壊されることがあります。

 例えば、初期の探検家や宣教師、貿易商らが太平洋諸島の島民たちに悪影響を与えた事例は、多くの記録に残されています。

 これらの地域の先住民たちがみな、必ずしも乳児期の魂に属するというわけではありません。

 しかし、彼らの生活様式にはたしかに乳児期の特徴がみられます。

 生まれて間もない赤ん坊と同様に、乳児期の魂はおもに身体(体をどのように使い、いかに手入れするか)に関心をもつ。

 彼らは初歩的理解力を働かせて、与えられた環境の中で生きる術を学ぶ。

 そして、この世界を、(自己、非自己)という図式化の中で捉える。

 つまり彼らは自分の身体以外のものはすべて、他者だと感じるのです。

乳児期の魂

 明らかに乳児期の魂は18ヶ月未満の子供と同じ優先順位をもっている。 

 彼らは飢餓や戦争、迫害、洪水といった、激しく、生々しい経験をしなければなりません。

 それらをすべて経験し理解してはじめて、さらに向上することができるからです。

 一般的に乳児期の魂は十分な性的関係を築けません。

 子供を生むことはあっても、性的関係自体は動物的レベルにとどまります。

 もっと魂が成長しないと、どうしたら愛されるだろうか?と悩んだり、兄弟姉妹や両親に愛情を抱いたりすることができないのです。

 彼らはまだ人間関係を築くということを学び、試しているところです。

 また乳児期の魂は物事の善し悪しを人から教わらなくてはなりません。

 彼らは不馴れな状況に出くわすと当惑し、反感さえおぼえます。

 彼らが仕事に就くときには、たいていきわめて単純な仕事に就こうとします。 

 乳児期の魂は未経験で世間知らずなので、創造性を要求されることは苦手なのです。

 例えば、彼らは料理することも食べることも、生き延びるためだとしか考えません。

 通常、乳児期の魂の人たちからなる部族は迷信的です。

 彼らが神話や伝承、儀式などをつくりだします。

 なぜなら乳児期特有の恐れを緩和し安心感を得るためです。 

 乳児期の魂が大部分を占める国家は存在しません。 

 乳児期の魂は年長の魂たちの助けなしには生きることも、ましてや社会を維持することなどできないからです。 

 また、乳児期の魂は赤道周辺に集まる傾向があります。 

 気候の変化が少ないほうが生き延びやすいからです。

 地球全体の大局的な発達傾向としては、西暦2000年ごろに成人期の魂が地球上で最も優勢になると、タオから乳児期の魂が放出されることはなくなるでしょう。 

そして、未熟な乳児期の魂の人たちが大飢餓などを経験して学ぶ機会は減るかもしれません。

 年長の魂たちは学び方を身に付けて、ますます早く成長し、未熟な魂たちとのレベルの差が急激に開いていきます。

 それはちょうど優秀な生徒ばかりが集まるクラスに勉強が苦手な生徒が入ってしまったようなもので、乳児期の魂はどんどん取り残されていくのです。

 ともかく、地球にやってくる「初心者」は目に見えて減少しています。

乳児期の魂。
肯定的な側面。
単純、素朴、純真、無邪気、直感的、刹那的に生きる、疑わない、エデンの園、神秘的、象徴を使う。
否定的な側面。
動物的、無力、臆病、無知、攻撃的。

幼児期の魂

 次に幼児期の魂の特徴について。

 幼児期の魂は、乳児期の魂よりは地上での経験を積んでいます。 

 ほんの少し世の中にも慣れて、幾分、恐怖心もやわらいでいます。

 幼児期の魂たちがつくる典型的な社会では、生活が時計仕掛けのように性格に進みます。 

 すべての物事に一定のペースがあるのです。 

 日曜日には教会へ行く、男性はソフトボールをする、女性は編み物を作る、などです。 

 実際、中央アメリカの小さなコミュニティーの多くでは、このような生活が営まれています。

 幼児期の魂の特徴は、「私、その他の私たち」という認識の仕方です。

 この段階の魂たちの行動の指針は2歳から4歳までの子供たちとほぼ同じです。

 動き回り世界を探索するのです。とはいうものの、外界がまだ彼らにとって恐ろしいものに思われ、もっと成熟した魂たちに導いてもらいたいと感じています。

 幼児期の魂は確固とした規則を定めてくれるような権威者を探し求めます。

 そして、ちょうど幼い子供のように組織を好み、両親や周囲の人々に何をしてもらえるかがわかると安心します。

 伝統や儀式、法律、規則などが彼らに安心感をもたらすのです。

 幼児期の魂が産み出した儀式は、今も私たちの社会の原型として残っています。

 幼児期の魂は断固とした信念をもつ傾向があり、それと相容れない考え方に出くわすと、混乱したり、敵意を抱いたりします。

 逆に、社会的に許されることだと教育されれば、信念のための戦闘や殺人もいといません。

 歴史上、幼児期の魂は十字軍の遠征や宗教裁判、伝導などの宗教活動を行ってきました。

 幼児期の魂をもつ人々は、おおむね善良な市民であり、地域社会の長になりたがります。

 伝統ある教会の高位聖職者や牧師、保安官や市長などになり、正義の人、模範的人物だと思われたいのです。

 彼らは熱心に社会の規則を守り、他の人たちにもそうすることを強要します。

 彼らは社会と文明の守護者です。

 今存在している組織構造を脅かすものは何であれ許しません。

 変化すること自体に反対なのです。乳児期を卒業したばかりの彼らは、自分がよって立つ基準をはっきりとさせておきたいからです。

 いくつかの主要な宗教が、こうした規範を与える番犬の機能を果たし、権威を求める幼児期の魂の面倒を見ています。

 キリスト教はその好例です。

 イエスキリストは教えを何一つ書き残しませんでした。

 しかし、その後の数世紀のあいだに、幼児期の魂が大多数を占める社会は、イエス自身のあずかりを知らない組織をつくり、儀式や典礼を取り決めました。

 幼児期の魂が望むのは優等生のように善良であること。

 彼らは構造と指針とを与えてくれる、小さくて伝統的な社会を好みます。

 彼らは自分自身の考えをもたく、権威者に最終決定をゆだねるのです。

 また、彼らは二分法的な考えかたを確信しています。 

 例えば、善と悪の対立を信じ、神と悪魔の戦いを考えることもあります。

 さらに彼らは、同じ信仰をもたない人を罰しようとします。

 幼児期の魂は、政府のような官僚組織の中では華々しい活動をします。

 彼らの関心事は、法律や規則や権威によって社会を組織化し、発展させることにあるからです。

 「やるならやる、やらないならまったくやらない」

 「規則は遵守する」

 というのが幼児期の人たちの考え方です。

 多用な選択視は思い付きません。

 性に関しては、恥ずかしがったり、罪悪感をおぼえたりして、当惑することが多いでしょう。

 幼児期の人たちはセックスを完全に拒否するか、あるいは子供をつくるためのセックスだけを受け入れる傾向があります。

 ちょうど、幼い子供は精神的にも未熟で、性的関係のもつ広い意味合いを十分には理解できないのと似ています。

 幼児期の魂にとって食べ物は純粋に機能的なものにすぎません。

 健康のために肝油を食べるのは、幼児期の魂の典型的な行動です。 

 肝油はひどい味がするにもかかわらず、体にいいから食べるのです。

 彼らの食事の最大の特徴は習慣的に同じものを食べ続けようとすることです。

 幼児期の魂は自分の人生についてあまり深く洞察することができません。

 そのため、自分自身のものの考え方、態度などが心理学的な諸問題を引き起こしていても気がつきません。

 そして、感情的な問題を抱えてしまったときには身体的な障害(怒りの感情がわく場所に結石ができるなど)を起こします。

 病気を治療するにあたっては、原因を追求したり代替療法や効果の穏やかな薬を使ったりするよりは、強い薬物を用いたり、外科的手術を受けたりして、手っ取り早く直そうとします。

 彼らは脅迫的なまでに細菌を恐れ、潔癖で、自分以外のものはすべて危険だからコントロールしなくてはならない、と考えがちです。

 アメリカのラジオやテレビの放送では、洗浄剤や消毒剤、消臭剤の広告が氾濫しています。

 幼児期の魂の考え方を視聴者に送り込み、刷り込んでいるのです。

 しばしば、幼児期の魂の人々は非常に残忍な心的傾向を示します。

 身体的虐待や暴力を行うこともあります。

 警察国家をはじめ、幼児期の人たちが一定の権力を握る、あらゆる場所、国ではとくにこの傾向が顕著です。

 そのため幼児期の人がカッとして犯した残虐行為を、また別の幼児期の人が取り調べるということもよく起こります。

 アメリカのある秘密結社は幼児期の魂の組織の一例です。

 マフィアも同様で、強硬戦術で人々を脅かし、富と権力を手に入れることを目指しています。

 こうした邪悪な行為は生き方を学ぶ方法としてはきわめて野蛮なものであり、当然悪いカルマを産み出します。

 中央アメリカには幼児期の魂の人たちが多く住んでいます。インドにも幼児期の後期の人たちが多数います。

 さらに、アルゼンチンをはじめとする南米諸国やアイルランドの人々もほとんどが幼児期に属しています。

 一国の魂の年代は、そこに転生しようとする人たちの魂の年代によって刻々と変化します。

 例えば、インドの魂の年代は、この数世紀間で、老年期から乳児期もしくは幼児期の初歩的な段階へと劇的に変わりました。

 インドが科学技術の発達を推し進めようとすればするほど、そこに生まれてくる魂はますます幼くなり、年長の魂は減っていくでしょう。

幼児期の魂。肯定的な側面。
善良な市民、まじめ、社会政治への関心が強い、忠実、家族思い、規則化する、物事をたんじゅんに考える、安心感を重視する、混んどんとした乳児期の魂たちを秩序づける。
否定的な側面。
頑固、ドグマ的、官僚主義的、正しさを守るためには攻撃することがある、融通が利かない、
理性よりも感情に基づいて行動する、ときに野蛮で暴力的、権威を盲信する。

若年期の魂。

 魂は幼児期の生存問題を学び終えました。

 次は自分がどこまで強くなれるかを知りたがっています。

 5歳から13歳くらいの子供たちの行動がおもにどんな動機に基づいていいるかを考えてみてください。

 彼らは両親から離れて、同世代の仲間をつくり、外の世界で自分の能力を試します。

 ときおり両親(年長の魂)のもとへ帰り、指導を受けたり励ましてもらったりして、さらに冒険を続けたいと望みます。

 彼らのおもな関心事は独立性、つまり自分が人生で獲得したいと思うものを自分で手に入れる能力です。

 若年期の魂たちは強い衝動に駆られて、高い地位(映画スターや政治家など)や富を得る努力をします。

 若いからといって、いつもやりたいようにやっているわけではありません。

 彼らは成功に繋がりそうなことだけを行います。

 彼らは成功者たちがどこに住んでいるのかを知りたがり、丘の上に住んでいると聞けば、自分も丘の上の家を買います。

 憧れの成功者になりきるためです。若年期の人たちが反体制的な態度をとることもありますが、その場合も反体制感情をもっているからではなく、成功のためにそうする必要があるからにすぎません。

 若年期の魂たちは有名大学に集まります。華々しい学歴を手に入れるためです。

 金持ちや有名人ばかりが出てくるテレビの人気番組は、若年期の人たちの考え方を端的に表現しています。

 彼らはいつも「あなたと私は違う。そして、勝つのは私だ」と考え続けています。

 他人の考えを承認することはするのですが、本質的に競争的です。

 また、彼らは名声や富や権力を追い求めるためには何をしてもいい、と考える傾向があります。

 この傾向は闘争や競争志向を生みます。そこから若年期の魂にありがちな、労働政策が生まれ、対抗意識と競争心のみなぎった会社ができあがるのです。

 若年期の魂にとっては肉体がすべてです。

 彼らは自己自身と自分の肉体的な特徴を完全に同一視してしまい、肉体の中に意識が宿るとは夢にも思いません。

 そのため、若さを保とうとして、美容食品を食べあさることから美容整形まで、ありとあらゆる過激なことをするようになります。

 彼らは死を思わせるような事柄は見ないようにし、それだけが死の恐怖に抵抗する手段だと考えます。

 いくつかの企業は、将来、医学が発達したときに生き返らせるために遺体を冷凍保存しています。

 たとえ冷凍保存されたとしても、人間は永遠に生きることを望むのです。

 行きすぎた医療、健康産業の拡大は、若年期の魂の死を恐れる気持ちの現れです。

 彼らは人間は死んだら終わり(人生は一発勝負)だと信じているので、なんとかして生きている間に有名で裕福になりたいという強い衝動に駆られます。

 若年期の人たちは、自分の行動の動機についてあまり考えません。

 彼らは自分自身や他人の行為について深く洞察するのが苦手なのです。

 結婚生活の危機や薬物中毒などの個人的な問題が起こると、危機が過ぎさるまで、ごく一時的に他人の助けを求めます。

 この態度を老年期の魂の態度と比べてみましょう。

 老年期の人々は、同じような問題にぶつかったとき、例えば、毎週セラピーに通うことが精神的に重要だと考えます。

 さらに自分の置かれている苦境を吟味し分析して、できる限り多くのことをそこから学ぼうとします。

 両者の対処法はまるで違っていますが、どちらもそれぞれの年代に適したものです。

 若年期の魂たちはあらゆることにおいて外見を重視します。

 例えば、掃除についてもそうです。彼らの部屋は一見とてもきれいに整理整頓されているように見えます。

 しかし、クローゼットを開けてみたら、中はぐちゃぐちゃになっているかもしれません。

 若年期の人たちは、口先だけですが、哲学や芸術に理解を示します。

 そして、この年代も最終段階になると、宗教的なものに関心をもち始めます。

 現在、地球人の大多数が若年期の後半に属しているので、全世界の一般的な考え方もやはり若年期の後半のものになっています。

 若年期の人たちは、自分の行動の動機についてあまり考えません。

 彼らは自分自身や他人の行為について深く洞察するのが苦手なのです。

 結婚生活の危機や薬物中毒などの個人的な問題が起こると、危機が過ぎさるまで、ごく一時的に他人の助けを求めます。

 この態度を老年期の魂の態度と比べてみましょう。

 老年期の人々は、同じような問題にぶつかったとき、例えば、毎週セラピーに通うことが精神的に重要だと考えます。

 さらに自分の置かれている苦境を吟味し分析して、できる限り多くのことをそこから学ぼうとします。

 両者の対処法はまるで違っていますが、どちらもそれぞれの年代に適したものです。

 若年期の魂たちはあらゆることにおいて外見を重視します。

 例えば、掃除についてもそうです。彼らの部屋は一見とてもきれいに整理整頓されているように見えます。

 しかし、クローゼットを開けてみたら、中はぐちゃぐちゃになっているかもしれません。

 若年期の人たちは、口先だけですが、哲学や芸術に理解を示します。

 そして、この年代も最終段階になると、宗教的なものに関心をもち始めます。

 現在、地球人の大多数が若年期の後半に属しているので、全世界の一般的な考え方もやはり若年期の後半のものになっています。

 世界的な強国の大部分が若年期に属しています。

 それらの国の特徴は物質的な豊かさと強い軍事力、他国への大きな影響力です。

 若年期の魂の人々が主体となる国をいくつか挙げると、アメリカ、ドイツ、イスラエス、シンガポール、朝鮮などがあります。

 いずれも世界経済を引き上げ、国際貿易を主導する国々です。

 若年期の国家はしばしば幼児期の諸国をめぐる国際紛争に巻き込まれます。

 例えばエルサルバドルのような幼児期の魂の国は、進歩し成長し国際紛争を引き起こすことよってアメリカのような若年期の魂の国々の注目を集め、援助を得ようとします。

 幼年期の国々が願うのは進歩です。それにお対し、若年期の国は世界のひのき舞台で権力を握り優位に立つことを願います。

 ベトナム戦争はこの状況を端的に表しています。

若年期の魂。
肯定的な側面。
生産的、禁煙、信頼できる、組織をより効果的に変える、富を生む、進歩を促す、人々を導く(世界中の多くの人々を導くことに無上の喜びを感じる)
否定的な側面。
競争的、あつかましい、独善的、流行に飛び付く、物質主義的すぎる、自分の行動動機について考えられない、
「私は勝者、あなたは敗者」で勝者が独り占めしてもよいと考える、利己的な目的で策略をめぐらすのが好き、
常に優位に立ちたがる、将来の展望のない目先の開発をする、「自分は正しく他人は間違っている」と思い込む。

成人期の魂

 では皆さんお待ちかねの成人期の魂について述べてみよう。

 成人期の魂は人生で言うと、13歳から19歳あるいは思春期に相当します。

 魂のサイクルの中で、子供の認識から大人の認識の仕方へと移行する時期だともいえます。

 若年期の魂は心の中よりも外で向かう傾向があり、多くのカルマを生み出します。

 この若年期の年代の本質は生存競争に勝ち、名声や富や権力を手に入れるのです。

 しかし、やがてなにかしら不安で、物足りない感じがしてきます。

 「どんなに儲けて偉くなったって死んだらそれまで」という若年期の典型的な意見が疑わしくなり、それへの挑戦が始まるのです。

 成人期の人々は「私は何者か?何のためにここにいるのか?」と問います。

 つまり、真理の探求を始めるのです

 この年代になると、人間の存在の中心は力の第三チャクラから、人間関係の第四チャクラへと移ります。

 魂の成人期は霊的なものへ開眼し始める段階ですが、けっして楽なものではありません。

 それどころか、人格が最大のストレスを受ける段階なのです。

 例えば、この時期には新たな心霊力が備わりますが、それを使いこなせるだけの精神力も備わっているとは限りません。

 人格は精神疲労のあまり倒れてしまい、統合失調症、その他の精神病になることもあるでしょう。

 この年代の自殺率が他の年代よりも高いのはそのせいです。

 統合失調症の患者は、しばしば、驚くべき洞察力や認識力、叡知を発揮します。

 しかし、彼らが霊的な本質に関するビジョンをもち続けることは滅多にありません。

 彼ら自身より認識力の劣る、乳児期や幼児期の人々が編み出した医療モデルに基づく治療を受けているからです。

 成人期の魂の人たちは、人間関係の問題に深く関わることになります。

 彼らは他人の経験をまるで自分のことのように感じるからです。

 この年代になると、人と人を分かつ境界が薄れてきます。 

 他人がどのように感じているかも、自分に対してどのような感情を抱いているかもわかるようになるのです。

 この認識力のせいで混乱することもあるでしょう。

 ときおり、いつ、誰が、何を感じているのかが、まったく区別できなくなるからです。

 成人期の魂にとって自分の経験や感情と他人の経験や感情との境界を見定めること、人が誰であるを特定すること、人々と共存すること、自分の役割を認識することなどは非常に困難です。

 こうした人と人との境界の問題は情緒不安定になっているときに特に強く現れます。

 成人期の魂は、

 「私のことは放っておいてほしい」

 「私の人生は激しく、生き生きとして劇的だ」と考えます。

 この考え方は、成人期特有の優先順位と方向感覚を示しています。

 彼らは必ずしも他人の賛成を期待していませんし、好きなだけ自分の興味を追求できるように、できるだけ放っておいてほしいと思っているのです。

 この傾向はゴッホやヘミングウェイのような精神を病んだ芸術家の人生に顕著です。

 彼らは自分だけのビジョンを独自の方法で表現しようとした成人期の人々です。

 幼児期の魂の人たちがありふれた家に住みたがり、若年期の人たちが高級住宅街の豪邸に住みたがるのに対して、
成人期の人々は自分の手で建てた家に住みたがります。

 彼らは精神が高められるような、美しく閑静な土地を慎重に探して家を建てます。

 重要なのは、自分で心に決めた基準を守ることなのです。

 魂の成人期は創造性が開花し、芸術的な輝きにまで高められる時期でもあります。

 例えば、アインシュタインやガリレオガリレイらは科学的研究において多大な貢献をし、名声を得ました。

 彼らの発見によって宇宙や宇宙の中の人間の立場についての理解は大いに深まりました。

 これは、成人期の魂に特徴的な働きです。

 魂のサイクルが成人期に入ると、脳の中のそれまでは使われていなかった部分が使われ始めます。

 脳の潜在能力の中には成人期に現れ始めるものもあります。

 意識が進化すればするほど高度な能力が発揮できるようになるのです。

 さらに高度な能力は意識がもっと進化してから現れるのです。

 成人期の魂は若年期の魂のように名声を渇望することはありませんが、それにもかかわらず、若年期に勝るとも劣らない名声を手に入れます。

 例えば、マリリンモンローのように世間の注目の的になり、有名人にしか学べないことを学ぶのです。

 よく成人期の人々は高い評価を投げ捨てて、周囲の人たちを驚かせることがあります。

 有名弁護士が突然、はるかに低収入の野性動物のカメラマンに転職する、という話はその典型的な例です。

 また、成人期の人々には一生続くような友情や人間関係を求める傾向があります。

 個人的な人間関係の深まりが、この段階の特徴だからです。

 結婚すると、生涯添い遂げることが多いでしょう。

 若年期の魂が権力にこだわり、人付き合いの中でさえ、権力を行使するのとは対照的です。

 成人期の魂にとっての安住の地は、すべてが整った完全な都市です。

 例えば、オランダのアムステルダム、カリフォルニア州のバークレー、マサチューセッツ州のケンブリッジ、
エジプト、ギリシャ、イタリア、ポーランドなどの国々にも大勢住んでいます。

 住む場所に関して彼らが重視するのは、物質的なものではなく、人間関係や社会的な付き合いを展開させ、哲学や芸術に没頭できるかどうか、ということです。

 先にあげた国々を旅してみれば、きっとこれらの諸国が成人期の人々にふさわしい条件を備えているとわかるでしょう。

 例えば、電信電話事業や公共交通機関などにしても、効率よりも感情的な満足度に重きが置かれているからです。

 成人期の魂の人には、多くの卓越した人がいます。

 名優たちの多くは成人期の人であり、自分の最も得意とするもの、すなわち激しい感情を巧みに表現しました。

成人期の魂。
肯定的な側面。
開放的な感情、人間関係の重視、他人を気遣う、「私は~に属している。だからみんなも仲間になるべきだ」(すべての人を包括的に考える)
、知覚が鋭い、霊的な成長に心を開く、精神的な意義に気づく、若年期と老年期の両方の考え方に理解があるので最もバランスの良い年代。
否定的な側面。
他人と自分を同一視してしまう、感情的、テレビドラマのような芝居がかった行動をする、激しやすい、
神経過敏、次々と困難を引き起こしてみずから犠牲になってしまうことがある、あなたは私とまったく同じ、
内的葛藤、「人からどう思われているかわかります。でも、その期待に答えるべきかどうか、自分のやりたいことをすべきかがわかりません」

老年期の魂

 複雑な人間関係を通して成人期の課題を終えた、老年期に入った魂たちは次の段階、存在の意義の探求、へと乗り出します。

 それは精神性と呼ぶこともできます。

 老年期は他人に何かを教える年代であり、その認識力は個人の人生でいうと、成人に対応しています。

 この宇宙の中での、私の存在理由はなんだろう?と老年期の人々は問います。

 彼らは自分も他人も、何かより大きく全体的なものの一部なのだと考えます。

 すべての人々の間にある、密接な繋がり、結びつきに気づいているのです。

 人と接するときにも、相手の中に自分と共通するものを見つけます。

 日々の他人との関わりは、実際は自分自身との関わりなのです。

 店の店長や友人や同僚と話しているときも、本当は自分自身に語りかけているにすぎません。

 この世のすべての人、すべてのものが、神の「部分」だからです。

 人と人が話し合うことは体の一部が、別の部分と喋っているようなもの、つまり神の独り言なのです。

 典型的な老年期の魂は、個人主義的でのんきであり、やりたくないことは滅多にしません。

 美味しい食事やワイン、友達づきあいが大好きで、一般的に出世しようという気がありません。

 とりたてて強い興味があるわけでもないのに、社会の動向や人々の心の中を鋭く洞察することができるのも彼らの特徴です。

 彼らは9時から5時まで勤務するサラリーマンの仕事を嫌い、社会的には変わった人になりがちです。

 企業の世界でスーツを着、ネクタイを締めて働くくらいなら、貧乏をして請求書に追われているほうがマシだと考えます。

 それにもかかわらず、現実には、彼らは他のどの年代の魂の人よりも成功し、莫大な財産を築くのです。

 老年期の人々はきつい肉体労働をいといません。

 そうした労働を霊的な意味で理解し、楽しむのです。

 彼らが大工になれば、仕事をすることそのものに喜びを感じます。

 また、日々の仕事の中で起こる表面的には無関係な出来事の深遠な意味に気づき、内面を観察し、成長するための糧にします。

 職場を選ぶときの重要な基準は、霊的な雰囲気があるかどうかではなく、自分が精神的に満足できるかどうかです。

 彼らは、個人的な欲求に会わせてスケジュールを決められる、自営業もしくは中小企業での仕事をしたがります。

 自由な雰囲気が好きだからです。

 これとは対照的に成人期の魂の人たちが会社を経営すると、競争や活発な人間関係を楽しもうとします。

 若年期では、会社経営を金持ちになるための手段としか考えられません。

 老年期の魂は、独自の風変わりな霊的修行を好みます。

 例えば、個人的に重要なことがあると、それを記念して仲間と丘の上に集まり、歌い躍り瞑想する、というように
自分だけの儀式を作り出すことが好きなのです。

 新しい家に引っ越すときにも、前の住人のエネルギーを洗い流し、その場を浄化するような儀式を考案するでしょう。

 このような老年期の人独特の儀式は、若い魂の人にはバカげて見えるかもしれません。

 そこで老年期の人々は儀式を世間に見つからないように、慎重にすませる方法も心得ています。

 普段の彼らは、ビジネススーツを着て、高級車を乗り回しているかもしれません。

 それでも、ひと皮むけば、たいてい風変わりな人なのです。

 老年期の魂は、園芸やワイン作り、教育、カウンセリングなどの職業に魅力を感じます。

 また、哲学や芸術を愛し、自然に囲まれているとくつろぎます。

老年期の魂の特徴。

だらしなく、怠け者に見えることがある。

 高等教育を避け、独自の研究、実体験、現場の仕事から学ぼうとする。

 技能を修得すること自体を目的としているので、修得してしまうと放り出してしまう。この行動はときに人を戸惑わせる。

 旅行を真理の探求に役立てられる(旅先には、何か新しい発見があるかもしれないから)
代替医療やホリスティック医療を選ぶ傾向がある。

 男女の区別がつきにくい(どちらの人生も過去に何度も経験してきたから)

 善悪の観念に縛られている若い魂の人たちと比べると、好色で快楽主義的な傾向がある。

 心でとらえた真理や、五感や直線的時間では理解できない要求に従おうとするため、変わり者にみえる。

 霊的な真理の探求をまっすぐに目指す。

 真理を察知する感覚がどの年代よりも鋭い。

 魂のサイクルを離れる前に(輪廻を卒業する前に)自分の知識を一人以上の人間に伝えなければならない。

成人期や老年期の人たちはどの年代の人よりも、自己評価が非常に低いせいで悩む傾向があります。

 なぜでしょうか?

 一般的に魂が若いうちは自己評価が低くても気にしません。

 彼らの関心は、外の世界で経験を積むことにあるからです。

 若い魂たちは他人との間にカルマを生み出しながら、経験を重ねていこうとしています。

 それに対し、年長の魂たちはそれまでにつくったカルマを完了することに関心をもちます。

 彼らはもう、地上に戻らないからです。

 老年期の課題には、カルマの成就と人間としての自分の価値の理解とがあります。

 そして、最後に彼らが学ぶべきことは、無条件の自己受容と、無条件の他者受容です。

 そのためには自己評価の低さを解決することが不可欠です。

 自分を受け入れるための鍵は、寛大になること。そして自分を愛することです。

 老年期の魂は、人格にはさまざまな問題を生み出す働きがあることを知っています。

 そして、これらの問題を深い洞察と真理の認識とによって解決できることもわかっています。

 彼らにとって、特定の人格をもつことはあまり重要ではありません。

 その人格も彼らが数限りない転生を繰り返して演じてきた多くの人格の一つにすぎないからです。

 一方、若い魂の場合は、現在の転生で使っている人格が非常に目立ちます。

 なぜなら今の人格以外に影響を及ぼすような転生をほとんどしていないからです。

 転生を繰り返し、魂が格段に豊かで強力になると、いくつかの重要なことがおこります。

 例えば、老年期の魂は本来の自己自身についても人格についてもはっきりと自覚しているので、自分の見せ方を選べます。

 それぞれの状況下で、どの性格を発揮するか、自分の本質と偽の人格のいずれに基づいて行動するかを選べるのです。

 そのおかげで、老年期の魂たちは、実に柔軟で多彩な態度をとることができます。

 乳児期や幼児期、若年期の魂が、偽の人格に振り回されて生きているのとは対照的です。

 魂は何回も転生すると、本質と人格の間の壁が薄くなり、過去生の出来事がより鮮明に思い出されるようになります。

 そのため、年長の魂は、特定の人物との間の未清算のカルマや前世で習得した技能などを思い出すことも多くなります。

 成人期、老年期の人々は、現在の人生の経験をはるかに上回る知識や叡知を示すことがよくあるのはそのせいです。

 老年期の魂は難しい性格を自己カルマ上の課題だととらえて、あえてそれに挑戦することがあります。

 こうした、やっかいな性格をもっているせいで、彼らは他のどの段階の人よりも、付き合いにくい、嫌味な人物になってしまうかもしれません。

 老いた魂であれば、自動的に円熟して人当たりがいい人になるとは限らないのです。

 老年期の魂たちは、チェコスロヴァキア、アイスランド、オランダ、スイスの田園地帯、ロシアなどに多く住んでいます。

 ただし、ロシアを統治しているのは、おもに若年期の魂たちです。

 国際紛争が起こったとき、老年期の人々は中立の立場をとりたがります。

 そしてそれが不可能なときは、暴力や殺戮を認めるよりは降伏することを望みます。

 そうすることによつて、制服する側の人たちに調和や慈悲の心を教えるのです。

老年期の魂のまとめ

肯定的な側面。
のんき、思いやりがある、気長、気楽、無害な変わり者、親切、霊的な気づき、鋭敏な知覚力、
寛大、寛容、哲学的、博愛、世才がある。
否定的な側面。
引っ込み思案、気難しい性格(自己愛に関する強い自己カルマがある)、貧乏、超自然的、
人と意見が合わないときは自分が間違っていると考える、じたばたする、なまけもの、やる気がない。

超越期の魂。

 超越期の魂は、人格や物質界を形づくる、幻想を超越することができるのです。

 超越期は老年期に続く年代ですが、この年代の魂が肉体をもって地上に現れることは非常に稀です。

 しかし、近年地球全体が若年期から成人期へと移行しつつあるのにともなって、地上に生まれてくる超越期の魂が増えているのも事実です。

 され、老年期を終え、物質界でのサイクルを終えた魂は、その後どのような形で存在しているのでしょうか?

 老年期の最終段階で、魂たちはサイクルを離脱し、アストラル界へと移行します。

 そして、そこで本質と一体化し、他の魂たちが来るのを待ちます。

 地上での転生の過程をすべて終えた魂は、さらに高い界層で学ぶために魂の本質と再結合するのです。

 まれに、この再結合した本質が超越的な魂として地上に再生することがあります。

 彼らは自分の本質のグループの中でまだ地上に残っている最後の断片の魂のもとを訪ねます。

 つまり、老年期の最終段階にある魂が人生の途中ですべてのカルマを果たしてしまった場合、それ以降その人生が終わるまで、その人と本質が共存することになるのです。

 断片と本質が共存するようになると、本質が持つ知識や過去生の体験がすべて理解できるようになるのです。

 その最高の例が1940年代のインドの指導者、マハトマガンジーです。

 歴史的に見ても、超越的な魂は重要な存在です。

 彼らは特定の目的をもって地上に現れ、人々を教え導くからです。

 仏教ではそのような人のことを菩薩、すなわち人々の悟りを助けるためにこの世に生まれる偉大な魂であると考えています。

 超越期の課題はそれに続く無限期の準備です。

 超越期の魂は他人の経験を自分の経験のように感じます。

 また独自の優れた叡智をもっています。

 一般的に、彼らは特定の宗教には所属せず、正式な教育を受けようともしません。

 それでも、すぐにすぐれた教師、あるいは霊的指導者として認められるようになります。

 無限期の魂はタオそのものの化身です。

 彼らは2000年ごとに地上に現れます。

 しかし、長い歴史の中では、仏陀の到来から600年しかたたないうちにイエスキリストが現れたという例外もあります。

 彼らがそれぞれ遠く離れた地域の宗教や文化に影響を与えようとしていたからです。

 このようなタオの化身は文字通り、何千年もの間、人々に影響を及ぼし続けます。

 このような崇高な存在が生まれるときは、しばしば不可思議なことが起こります。

 生まれるずっと前から、誕生が予言されていることが少なくありません。

 超越期の魂と同様に、無限期の魂も、老年期の最終段階の肉体を通して地上に現れます。

 老年期の最終段階の魂は地上でのサイクルの課題をすべてやり遂げると、無限期の魂にじぶんの肉体を提供します。

 かつて、イエスという老年期の最終段階の人物がいましたが、彼はキリスト型の無限期の魂に自分の肉体を明け渡しました。

 同じく最終段階の僧であったゴータマシッダールタという人物はブッダ型の無限期の魂にじぶんの肉体を与えました。

 無限期の魂には、クリシュナ、ブッダ、イエスキリスト、老子、ラー(古代エジプトの太陽神)などがいます。

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